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食べ物を祝福する

「想いの込められた一杯をあなたに」

雪奈

 都内の海のほど近い、再開発で大きく発展し、休日ともなれば大型ショッピングモール等の商業施設などに来た客で賑わう街。そんな街も、平日の朝は立ち並んだ近年新たに建てられたマンションに住む人達の通勤ラッシュで駅はごった返す。毎日の通勤に朝から疲れた顔をしているサラリーマン、制服に身を包んで友達と笑顔で挨拶をしながら学校へ向かう学生など、様々な人がそれぞれ忙しなく駅の改札を行き交う。そんな慌ただしい喧騒の時間が過ぎ行き、人波が落ち着く時間帯になると、駅は穏やかな雰囲気になり、人の流れが様変わりする。
「うーん、そろそろ来るはずなんだけど……」
 私のスマホには、歌織ちゃんからのもうすぐ着きますという返信を最後に、まだ次の連絡は届いていない。
「……今朝も起きれなかったみたいだし、もう少し待たないとかな」
 メッセージに視線を再び落として、ぽつりと呟く。
 
 それは今朝のこと。
「おっはよう〜歌織ちゃん♪今日はちゃんと起きてる?」
「んー…………あ、りおちゃ……おはよう……むにゃ……」
 電話の向こうからは、いかにも今起きたばかりとわかるような寝ぼけ声の歌織ちゃん。
「もー、やっぱり今起きたのね。歌織ちゃん、二度寝しちゃダメよ?劇場の最寄りの駅のいつものところで待ってるわね♪」
「うん……わかった……ふわぁ……」
 そんなやり取りをした後、身支度を整えている最中にスマホの着信音が鳴り響く。設定している特別な着信音が聞こえた瞬間、嫌な予感を感じてスマホを手に取る。画面の歌織ちゃんの名前を見て、すぐに電話をとる。
「あ、もしもし莉緒ちゃん、ごめんなさい!あの……二度寝しちゃって……待ち合わせの時間にちょっと遅れちゃいそうで……」
 電話に出るなり、開口一番、大慌ての歌織ちゃんの声。電話の向こうでバタバタと支度する音が聞こえる。
「もう……だから言ったじゃない。とにかく慌て過ぎて途中で転んだりケガしたらいけないから、気をつけて向かってね。私はゆっくり待ってるから大丈夫よ」
「ごめんね、莉緒ちゃん……とにかく、大急ぎで行くから……!」
 期待を裏切らないというかなんというか。電話が終わった後に思わず苦笑する。
 歌織ちゃんには改めて気をつけて向かってね、とメッセージを返して、私は予定通りに家を出た。
 いくつかの乗り換えを経て、劇場最寄り駅の改札口にほど近い、待ち合わせ場所の柱の前に、約束の時間より少し早く到着する。それから二十分ほど経過すると。
「──あ」
 急いだ様子で走る歌織ちゃんの姿がこちらから見える。向こうも待っている私の姿を見つけたのか、大急ぎで改札を通って私のいる所へ一直線に駆けてくる。
「お、はよう……はぁ……ごめんなさい、莉緒ちゃん……」
「大丈夫よ歌織ちゃん。まだ間に合う時間だし。まずはゆっくり息整えましょ」
 かなり急いでいたようで、呼吸が整わない様子の歌織ちゃんは、不足した酸素を補うように、ゆっくりと大きく深呼吸をする。
「すぅー……はぁ……すぅー……」
 何度か深呼吸をするうちに、荒かった息が少しずつ落ち着いてくる。タイミングを見計らって、私達はゆっくりと駅から劇場へ向けて歩き始める。
 
「あの……ほんとにごめんなさい、莉緒ちゃん……電話までしてくれたのに……」
「いいのよそれくらい。気にしないで♪」
 劇場への道を歩きながら、申し訳なさそうにしょんぼりして眉を下げる歌織ちゃん。歌織ちゃんが朝に弱い事は劇場のみんなも知ってることだから、そんなに気にしなくてもいいのだけれど。まぁ、プロデューサーちゃんはちょっと困ってるみたいでたまに相談はされるけれど、ね。
「まぁ、苦手なことは誰しもあることだもの。私でよければいくらでも早起きの練習くらい付き合うわよ。だから安心して、歌織ちゃん」
「莉緒ちゃん……」
「そ・れ・にー、ほら、いい天気の朝なんだもの。今日も元気にお仕事にレッスン、頑張りましょ♪」
「……うん、そうね。私も頑張らなきゃね」
 晴れた空を軽く見上げた後の歌織ちゃんの表情が少し上向いたのを見て、私はほっと安心する。
「そういえば、歌織ちゃん。もしかして朝ごはん食べる時間なかった?」
「え?う、うん……大急ぎで来たから」
「それじゃ劇場行く前にちょっとコンビニ寄りましょ。ほら、やよいちゃんも歌ってるでしょ?朝ごはんは一日の元気の素なんだから♪」
 
 道すがらのコンビニに寄って軽めの朝ごはんを買い、劇場へと到着すると、劇場の裏側、関係者用の入口から中に入る。まずは事務室へ。
「あ、莉緒さん、歌織さん、おはようございます!」
「おはようございます、美咲ちゃん」
「おはよー、美咲ちゃん♪今日も元気ねー」
 元気な声で迎えてくれたのは劇場事務員の美咲ちゃん。
「今日はお二人で一緒に来られたんですか?」
「そうなのー。待ち合わせして一緒に来たのよ」
「そうなんですね!あ、そういえば歌織さん、今度の公演の衣装チェックの件、スケジュールに入れておきましたのでよろしくお願いしますね!」
「はい、ありがとうございます。次の衣装、どんな感じになるのかしら……」
「新しい衣装ってほんとワクワクするわよねー。私も楽しみだわ♪」
 美咲ちゃんは私達と話しながら事務室のホワイトボードに次々と予定を書き込む。ツアーのバックダンサーにラジオ番組への出演やレコーディング、レッスン等の様々な予定で、ホワイトボードはびっしりと埋まっている。
「ふーん、このみ姉さんと風花ちゃんは泊まりがけの撮影のお仕事。あとは……千鶴ちゃんに麗花ちゃんも地方ロケみたいね」
「みんな色々なお仕事があるものね」
 頑張った成果なのか、地方での撮影やロケなど、様々なお仕事が舞い込んでくるようになり、みんなの予定はもう把握しきれないくらいになっている。
「えーっと、莉緒さんは今日は歌のレッスンのあと、スタジオ撮影のお仕事で、歌織さんは今日はダンスレッスンのあとに取材対応ですね!それと、明日はお二人ともオフの予定、っと」
「了解♪ありがと、美咲ちゃん。あと、ちょっと朝ごはん食べるから給湯室借りるわね」
「はい!わかりました!しっかり食べて今日もがんばってくださいねー!」
 
 給湯室で私と歌織ちゃんは明日の予定について話題に花を咲かせる。
「ねぇねぇ、歌織ちゃん。明日のオフはどうする?どこかに出かけるか、それともおうちでゆっくりする?」
「うーん、どうしようかしら……。でも莉緒ちゃんと一緒ならなんでも楽しい気がするわね」
 歌織ちゃんはそう言いながら朝ごはんに買ったおにぎりを小さくぱくりと頬張る。
「んもー。またそういう事言うんだから。まぁ、まだ時間はあるんだし、焦らずまた後で考えましょ♪」
 でも、そう言ってくれることはとても嬉しい。事実、歌織ちゃんとの時間は何をしても楽し過ぎていつもあっという間に終わってしまう。まるで恋人同士のよう。
 でも、歌織ちゃんは私の事をどう思ってるのかしら。いいお友達としてなのか、それとも——?
「莉緒ちゃん?なんだか難しい顔してるけど、どうしたの?」
 考え事をしている間に歌織ちゃんはおにぎりを食べ終わっていて、私の様子を伺っている。
「ううん、何でもないわ。あのね、歌織ちゃんがおにぎり食べてるの可愛いなって思ってたの♪」
「そ、そうかしら?普通だと思うけど……」
 思いがけない私の言葉に頬を染めて、少し気恥しそうな歌織ちゃん。うまくごまかせたみたい。
「なんだか小動物みたいだなって思ったのよ♪さて、そろそろ着替えとか行かないとね。お仕事終わったら劇場に戻ってくる予定だから、後で落ち合いましょ」
「うん、それじゃ後でね、莉緒ちゃん。お互い頑張りましょ」
 
 (続きは本編でお楽しみください)

もっと!おいしい暮らし

サンプル(雪奈)

page:75~78

(本編内:75~89ページ)

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